投稿者: sandan

  • 第二話 算段という旅

    人は、旅に出ている時よりも、
    旅の算段をしている時の方が、
    長くその旅を味わっているのかもしれない。

    どこへ行こうかと考え、
    どうやって行こうかと迷い、
    宿を探し、
    地図を眺め、
    季節を想像する。

    そして、もうひとつ。
    その土地で飲む酒のことを思う。

    雪の残る山の温泉で飲む熱燗。
    港町で出てくる地酒。
    古びた旅館の部屋で、
    風呂上がりにひとりで飲むクラフトビール。

    そんなことを考えている時間が、
    いちばん長く、
    いちばん豊かな旅なのかもしれない。

    若い頃は、
    時間はいくらでもあると思っていた。

    でも今は、
    残りの人生で、
    あと何回旅に出られるのかを考える。

    あと何回、
    知らない町へ行けるのか。

    あと何回、
    知らない酒を飲めるのか。

    そう思うようになってから、
    算段している時間が前より好きになった。

    出発してしまえば、
    旅は現実になり、
    日程に追われ、
    帰りの時間が近づいてくる。

    でも算段の中では、
    旅は終わらない。

    今晩もまた、
    机の上に地図を広げ、
    行き先も決めず、
    グラスに酒を注ぎ、
    残りの時間を少しだけ気にしながら、
    ただ旅を企てている。

    出発しなくてもいい。
    どこへも行かなくてもいい。

    そんな夜がいちばん自由で、
    いちばん贅沢で、
    いちばん長い旅なのだと思う。

    この算段のいくつかを、
    このブログを読んだあなたが
    どこかで引き継いでくれたなら、
    それもまたひとつの旅なのかもしれない。

  • 第一話 今晩もまた旅を企てる

    人はいつも、何かを計画している時がいちばんときめく。

    どこへ行こうかと考えている時。

    どうやって行こうかと迷っている時。

    まだ見ぬ景色を思い浮かべている時。

    そんな時間こそが、いちばん自由な時間だと思う。

    それが未だ見ぬ旅の風景であれば、なおさらだ。

    旅は出発した時に始まるのではない。

    行き先を探し始めた、その時からもう始まっている。

    出発してしまえば、あとは終わりに向かって進んでいく。

    だから私は、旅の算段をしている時間が好きだ。

    行き先を決めるまでに迷い、

    決めてからもまた迷う。

    電車で行くか、車で行くか。

    遠回りして景色を取るか、楽な道を選ぶか。

    酒が旨い宿にするか、景色のいい宿にするか。

    そんなことを、いつまでも考えている。

    そして算段をしていると、

    たいてい話は横道にそれる。

    宿を探していたはずなのに、

    気がつけば酒の話になっていたりする。

    どの列車に乗るかを考えていたのに、

    昔の旅を思い出したりする。

    行き先を決めているだけのはずなのに、

    なぜか人生の話になってしまうこともある。

    そんな算段と余談ばかりを、

    ゆっくり書いていこうと思っている。

    このブログは、旅の記録を書く場所ではない。

    どこへ行ったかではなく、

    どこへ行こうかと考えている時間を書く。

    迷ったことも、寄り道したことも、

    決めきれなかったことも、そのまま書いていく。

    だから私は、今晩もまた旅を企てる。

    地図を眺め、

    宿を探し、

    行き先を決めきれないまま、

    取り留めのないことを考えている。

    そして、その取り留めもない

    今晩の旅のような時間を楽しみながら、

    少し酒を飲む。

    これまでに思い描いた旅の算段が、

    いくつあったのかは分からない。

    そのひとつひとつに、

    行きたい場所があり、

    見たい景色があり、

    飲みたい酒があった。

    残りの人生の中で、

    そのうちどれだけを本当に遂行できるのか。

    それを考えることさえ、

    またひとつの旅の算段なのだと思っている。

    出発しなくてもいい。

    どこへも行かなくてもいい。

    そんな夜がいちばん贅沢だと、

    最近は思っている。

    この場所は、

    そんな時間を味わうための記録である。